2014年12月25日木曜日

法務から半歩引いた視点の企業組織考(20141225)

ついに1225日を迎え、法務系Advent Calendar 2014も最終日となりました。

今日までの皆様のエントリを読んで、自分は弁護士でもない、法務専任でもない、ちょっと経営学をかじった事業会社管理部門の視点で思うことを書きます。

経営学の古典『経営者の役割』でバーナードは組織の三要素として、協働意思、共通の目的、コミュニケーションを挙げました。企業を例にとると、まず目的に沿って設立し、協働のために部署を作り機能を割り当て、これを有機的一体的組織として機能させる。この分割と再統合を支えるのがコミュニケーションの一側面であり、分割と再統合の設計様式がアーキテクチャです。レッシグも規制手段の一類型としてアーキテクチャを取り上げていますが、ここでは経営学的視点のアーキテクチャ論で統合型とモジュール型に分けて企業内の組織設計に当てはめてみます。

デジタル化が進展した1990年代からITに適した米国のモジュール型、対して製造業特に自動車産業を念頭に置いた日本の統合型または擦り合わせ型の対比が議論されてきました(例えば國領二郎、藤本隆宏)。
モジュール型の定義はいくつかありますが、ここでは以下の通りとします。

1)モジュール間(機能間)の相互独立
2)モジュール間インターフェースの固定

1)は例えば経理と法務は業務分掌において重複せずに相互に独立している。
2)は情報のやり取りの仕方いわゆるプロトコルが「事前に」決まっている。
モジュール型はフラクタル的で、企業内の部門間レイヤーにも部門内のメンバーレイヤーでも成立します。分業化、専門化に適しており、各部署、各社員は自分の専門分野に集中して取り組むことができます。さらに企業間レイヤーでもモジュール型が成立しインターフェースが標準化されることにより、転職がスムーズに進むメリットがあります。ただし社内異動はありませんので解雇は容易に起き得るわけです。

これに対して日本の擦り合わせ型たる統合型組織では個々人のジョブディスクリプションがハッキリしません。一括採用の新卒だと入社するまで配属がわからないわけですし、中途入社でも雇用維持のために配置転換の努力が企業に求められます。ゼネラリスト志向であり、属人的であり、臨機応変なんですね。

余談ですが、総務(General Administration)という部署及び機能は海外の企業にとって必ずしも一般的ではなく説明に困ることがあります。これがまさに職務定義と組織分掌が厳密でないために各境界で滑り落ちたアイテムを拾い集める「擦り合わせ」機能の好例かもしれません。
実務経験を通して感じるのは、日本型企業ではこの「境界間で滑り落ちる」アイテムをどう見つけ、拾い上げるかが特に管理部門にとって重要だということです。「自分の責任範囲は果たした」という個々の業務結果を足し合わせて再統合したときにピラミッドのようにぴっちりと石が積み上がるかというと、それは「事前の」境界設定の設計によるわけで日本型では「事前の」職務分掌と業務分掌が漠然としていますからそれぞれの石がそのままではキレイに重ねられず「事後の」擦り合わせを誰かがやらねばなりません。これによって大きく組織パフォーマンスが変わってきます。英米型でも石同士がぴったり合わないことは多々あるのでしょうが、分業化専門化の徹底とスピードのメリットがそのデメリットを補って余りあるということでしょう。

法務系Advent Calendar 2014でも話題になった、日本型組織では企業の枠を超えた業務の標準化やシステム化が簡単には進まないのはここに関連します。ERPに業務を合わせるのではなく、業務にERPを合わせてカスタマイズという本末転倒は、この不完全なインターフェース(職務定義、組織分掌)と「事後の」属人的擦り合わせに起因するところが大きいでしょう。
企業内弁護士についての議論も、法務部門が相対的に整理されたインターフェースに恵まれている点、整理されていないインターフェースを持つ他部署との関係や、社内異動の問題などが論点として浮かび上がってきます。モジュール型に適した専門家としての働き方と、実際に働く企業/社会が擦り合わせ型であるところに緊張を内包していると言えましょう。

これまで述べてきたことは一般に英米型vs日本型で捉えられ、さらにその原因は国民性、民族性にあって先天的な性向が示唆されることが多いと思います。
ところがそうしたいわゆる日本的云々というのは後天的に決まるのだと社会心理学者の山岸俊男は指摘し、安心社会(日本)と信頼社会(米国)というタイプに分けました。この社会のタイプを決定するのが制度であり、制度とは「集団的に共有された予想の自己維持的システム」と経済学者の青木昌彦は定義しました。
要は、皆が自分の利益のために周囲の反応を考慮して動く結果がそれぞれ日本型、英米型の社会を作り出し維持しているということです。

ここまでを要約。

日本型
英米型
社会類型
(山岸)
安心社会
(集団主義)
信頼社会
(個人主義)
アーキテクチャ
(國領、藤本)
擦り合わせ型
モジュール型
企業組織/ガバナンス
(宮島)
関係志向
市場志向
組織の優先事項
組織維持
(コミュニケーション維持)
目的達成


例えばインターネット上でのゲーム配信に参入した新興企業は目的を達成するか失敗して撤退することになるわけですが、日本では可能な限り企業存続を目指し当然のように他の事業へ進出したり多角化を行います。「目的」が最重要ではない、あるいは組織維持自体が「目的」にすり替わると言っても良いでしょう。日本型社会ではひとたび成立した人間関係=コミュニケーションは当初の組織目的を放棄し新たに探し出してでも現在の組織維持を図ります。この組織目的の不明確さ、戦略戦術との不整合は先の大戦について『失敗の本質』でも指摘されているところです。
誤解しないで欲しいのは、人間関係=コミュニケーションの維持が不合理だと言っているのではありません。むしろそれだけ価値があり、少なくとも目的ごとに組織を組み替えるよりは合理的だと今までの日本で皆が考え行動してきた結果なのです。
山岸は固定的な人間関係をベースにすると新しいことに後ろ向きになり最終的には停滞を余儀なくされると指摘し、日本的安心社会が欧米的信頼社会に移行していくと考えました(もっともその移行がスムーズに進まないことに苛立ちを感じているようですが)。ビジネスのマジックワード【イノベーション】には英米型が向いているようですし、実際にITの世界では米国企業が支配的です。
一方で経営学には「差別化」「ポジショニング」概念がありますので、必ずしも一つのあり方に収斂しない補完的棲み分けも検討に値するでしょう。

つらつらと書いてきましたが、社会システムを背景としたビジネスのアーキテクチャには異なるタイプが存在して、それぞれプロコンがあります。多様な要素が相互依存しているので簡単に一部分だけ変えることはできない、ということを牛島弁護士がBLJ最新号に書いていましたね。
それでも、幸いインターネットがある現代に個々人が考え、発信し、議論を重ねれば「共有された予想」である社会システムを望ましい方向に変えていくことは可能だと思うのです。

最後にお忙しい中でこの企画をしていただいた @overbody_bizlaw さん、ありがとうございます。今日まで毎日エントリを入れていただいた参加者の皆さん、そして読者の皆さんが穏やかな年の瀬と新年を迎えられますように。


【参考文献】
飯野春樹編『バーナード 経営者の役割』有斐閣
ローレンス・レッシグ『CODE VERSION 2.0』翔泳社
國領二郎『オープン・アーキテクチャ戦略』ダイヤモンド社
藤本隆宏『日本のもの作り哲学』日本経済新聞出版社
青木昌彦『比較制度分析に向けて』NTT出版
山岸俊男『信頼の構造』東京大学出版会
山岸俊男『安心社会から信頼社会へ』中央公論社
宮島英昭編『日本の企業統治』東洋経済新報社
戸部良一他『失敗の本質』中央公論社

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